犬と猫とヒト 4

「ここまでのは全部練習ですよ、最後に残っているコたちは
 最も過酷な環境にいます」と上村さんから言われて、ゴクリと唾を呑む。
最後のお宅に到着。
もと農場だったところに現在は6頭の犬が置き去りになっている。
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事前に上村さんから、警戒区域より心が折れる、と聞かされていたので
牧場へ行ったときの経験も踏まえて覚悟をしていた。
警戒区域では放たれた動物たちを救い出すことも選択できる。
ここではかろうじてヒトの行き来があり、飼い主の意志とのやりとりになる。
どんなに他人から見てかわいそうでも勝手に救い出すことはできない。
せめて少しでも改善になればと願いながら行動するしかない。

二棟の納屋のようなところに二頭ずついる。
日が暮れなくても暗い場所。
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物置の屋根の下にも二頭。
このコは年を取っているのかな。
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三本足のコ。名前はチャックとある。
上村さんが初めて会ったときから三本足だったそうで、原因は知らない。
ここらでは猟犬にも使うから、ワナに挟まれたのかもしれない、とのこと。
少しでも近づくと威嚇し、後方に下がって隠れたまま吠え続ける。
触らないよ、だいじょうぶ、ごめんね。
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牛がいたと思われる部屋。
干し草が散っており、外にはサイロがある。
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最後の日が落ちる @18:30
真っ暗闇を覚悟するときが来た。心細い。
犬たちはこれを二年間毎日耐えて来た。これからも。
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頼りの月もおぼろ。
チャックと老犬以外の3頭を Kさんと上村さんが散歩に連れ出す間、
山田クンとメシ水ンコ係。どのコもコンクリートの上にいるから
ンコも比較的取りやすかった。
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最後のミッションとは、ここにいるマックという名の犬を横浜に連れて行くこと。
飼い主が「このコはいい」と手放したそうだ。
ここにいながら里親募集していても、ほぼ決まることはないため
横浜で募集することになる。

他のコたちはここに留められている。
マックを移動する前に、マックと同じ納屋にいた黒い犬がひとり取り残されるのは
あまりにかわいそうということで、チャックと同じ屋根の下に連れて来てみることに。
相性が合わずお互いストレスになるようなら次のヒトに戻してもらいましょう、
と Kさんがチームのリーダーと電話で連絡を取り合って決断。
少しでも犬たちによいように、犬たちの声をできる限り聞き、
きめ細やかな配慮と判断をする。
その姿は、真っ暗闇の無人地帯をあたたかく照らす唯一の灯りだった。
実際屋根の下は電気も点いた。
村の光熱費は東電の補償範囲になっているそうだ。

どのくらいぶりに会うのだろう、二頭は静かに顔を寄せ合っている。
おぉ、うまくいきそうだ。
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黒い犬と会わせてからのチャックは足を畳んで穏やかになり、
私たちが近づいても逃げず、全く吠えなくなった。
さみしかったのかな、うれしいのかな、そうだといいな。
それを伝える相手も、今までいなかったんだね。
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それでももしケンカになってもだいじょうぶないように、それぞれの鎖の長さも調整。
柱の周りを犬が回って鎖が絡まってしまわないように、犬舎を柱に近づけて置き、
回り込めないようにする。たしかに、これをしておかなかったら
明日までにぐるぐる巻きになっていたかもしれない。
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命がけで命をつないで来たヒトの思いやりと知恵は、自然にさっと行動に現れる。
私が銀さんのお好みに合わせてさっと爪研ぎを出したりさっとベッドの位置を変えたり
してるようなこと、もっともっともっともっと応用して、想像して、
他のコたちにもできるようにならなければな。できるはずだよね。
Kさんと上村さんの行動の一つ一つ、すべてが勉強になった。
犬の触り方だけでも見ているだけで多くのことを教わった。
上村さんも私と同じで犬が苦手だったとはとても思えなかった。
なんだよ猫撮りは犬もイケるのかよ、とジェラシーを感じたほどに。
上村さんも他のヒトたちと通いながら学び、こうなったのではないだろうか。
こうして知らない同士が少人数のチームで行動するというのも、
震災前には経験したことがなかった。

また来るからね、という約束。
どうか無事に生きて、という祈り。
裏切らないことを、必死で伝える愛。
二度以上捨てないこと、殺さないこと、守り抜くこと。
涙と怒りだけに留まらない行動に支えられた命の二年間が、ここにあった。


最後にいよいよマックを車に積む @19:00
そういえば白猫さんも乗っているのだった、がんばれー
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ヘッドライトだけを頼りに進むなか、道路脇の茂みにサバ白の猫が見えた。
前を行く上村さんの車からも見えたようで、停車。
茂みに缶詰を入れた紙皿を置く。こんな一匹さえ落とさない。
私たちが行ったらお食べ、そして道路に出るんじゃないよ。
この暗闇に飛び出されたら、私たちだって轢いてしまうかもしれない。
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那須高原SAで休憩 @21:30
マックもトイレ&お散歩。

マックはいつもこうして立ち上がってしがみつき、帰らないでとせがむそうだ。
シッポを丸めているのは怖がっている印、と Kさんが教えてくれた。
こんな人工物がいっぱいのところは初めてなのだ。
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二台はここで別れることにした。
マックに別れの挨拶。
淋しさにも怖さにも寒さにも暑さにも耐えて、二年間がんばって生きたね。
あなたが生きて、ここに来られたことが心からうれしい。
きっときっといいおうちに迎えられるからね、安心してね。
どうか元気で、しあわせに。
猫とは違う固い胴体とざりざりした毛を抱きしめ、
私たちに課された「これから」への責任を想う。


再びマックを車に積み、上村さんたちは食事休憩に、我々は帰路へ。
上村さんにはこれからまだマックと白猫を横浜のおーあみ避難所まで
届ける任務がある。どうかお気をつけて。
たいへんお世話になりました、ありがとうございました。
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やがてスカイツリーとビルの灯りが見え始め、
都市は相変わらず何もなかったような姿を保っている。
同じ「一日」という時間が流れたはずの二つの場所。
毎度そうだ。そこへ帰ってゆく自分が恨めしい。
どちらがほんとうの世界かといえば、いまこの国で起きていることの
ほんとうの姿を見せているのが福島の警戒区域周辺だ。
ヒトが住めないということの過酷さ、重大さ。そこに巻き込まれ、ものも言えず、
ただ受け容れヒトを信じ続けるしかできない犬や猫や家畜たち。
繰り返すことの愚かさと罪深さを、どうしたら私たちは心に刻めるのか。


銀さん、ただいま… @0:00
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泥や犬のついた靴と上着は外で脱いで袋に詰めて中に入る。
「銀ちゃんは一日中ものすごく怒っていました」と母から置き手紙。
ずーーっと窓際でフテくされていたそうな。
そうですよね、銀さんにしてみりゃ定休日でおうちに帰れるところを
朝からまさかの置き去りですもんね。すません…
おかげさまでたくさんのたくさんの猫さん犬さんたちに会うことができましたよ。
みんな一生懸命生きていました。そしてとてもとても淋しがっていました。
銀さんもどのコもそんな目に遭わせないように、
オレたちこれからもがんばるから。


予定通り20軒以上を回った。と思う。
時間がないから飛ばしたという話は聞かなかった。
犬猫の数はとても数えてはいられなかった。

線量は 0.4μSv/hくらいのところが最も多く(東京の4倍)、時に1〜2μ、
他は東京と変わらない場所も多かった。
山の上のほうなので、地形によって差が大きい。
山田クンが「僕の線量計 0.14から上がったことないんですよ、
中国製の安いのだから壊れてんのかな」と言っていたけれど、
それは東京がそうであるということが証明され、どの場所でも
全3台ともほぼ同じに測れていた。私のはアラームを切ってあり、
上村さんのは車でチチ、チチチ、と鳴っていた。

行って帰って 20時間弱。走行距離は 705km。
東京⇔福島の往復が 500kmだから、村の中だけで200km近く走ったことになる。
目標20軒と聞いて最初は村役場にでも車を停めて歩いて回るような感じを
勝手に想像していた。だいたいどこの家も5〜20分は走って移動していた。
運転できない私が言うのもナンだが、福島との往復と村内の移動、
どちらかだけでもたいへんな労力。運転してなくてもヘトヘト(注:基礎体力はゼロ以下)。
山田クンも、ほんとうにおつかれさまでした。
これを毎週なり毎月なり続けることのたいへんさ。
今回はたまたま天気に恵まれたけれど、雨の日もマイナス10度の日もある。
次のヒトに託しても、フードが翌日には腐り始める真夏の日もある。
どちらも同じ「一日」。その闘いはこれからも続いてゆく。
むしろ数年経ってヒトビトが疲れ果てるこれからがほんとうの闘いだ。


自宅に戻って引き続きご機嫌ナナメの銀さんにメシの支度。
スプーンで皿に盛るとき、毎日のその動作がまるで違うものに感じた。
帰宅の安堵もあって、涙が一気にあふれた。

この一杯を求める命。
この一杯がつなぐ命。
この一杯をあたりまえに皿に運べることのありがたさ。
この一杯を私が運べなくなったとき、スプーンを引き継ぐヒトたちのこと。
私たちにいま託された、一杯のスプーンのこと。



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